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最高裁判所大法廷 昭和37年(オ)1472号 判決 1964年5月27日

上告人

平田盛秋

右訴訟代理人弁護士

吉井晃

奥田実

原田策司

被上告人立山町長

中田治重

被上告人

富山県中新川郡公平委員会

右代表者委員長

小松武五郎

右両名訴訟代理人弁護士

高見之忠

主文

本上告論旨は理由がない。

理由

上告代理人吉井晃、同奥田実、同原田策司の上告理由第二点について。

所論の要旨は、上告人が高令であることを理由に被上告人がした本件待命処分は、社会的身分により差別をしたものであつて、憲法一四条一項及び地方公務員法一三条に違反するとの上告人の主張に対し、原審が、高令であることは社会的身分に当らないとして上告人の右主張を排斥したのは、(一)右各法条にいう社会的身分の解釈を誤つたものであり、また、(二)仮りに右解釈に誤りがないとしても、右各法条は、それに列挙された事由以外の事由による差別をも禁止しているものであるから、高令であることを理由とする本件待命処分を肯認した原判決には、右各法条の解釈を誤つた違法があるというにある。

思うに、憲法一四条一項及び地方公務員法一三条にいう社会的身分とは、人が社会において占める継続的な地位をいうものと解されるから、高令であるということは右の社会的身分に当らないとの原審の判断は相当と思われるが、右各法条は、国民に対し、法の下の平等を保障したものであり、右各法条に列挙された事由は例示的なものであつて、必ずしもそれに限るものではないと解するのが相当であるから、原判決が、高令であることは社会的身分に当らないとの一事により、たやすく上告人の前示主張を排斥したのは、必ずしも十分に意を尽したものとはいえない。しかし、右各法条は、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止している趣旨と解すべきであるから、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱をすることは、なんら右各法条の否定するところではない。

本件につき原審が確定した事実を要約すれば、被上告人立山町長は、地方公務員法に基づき制定された立山町待命条例により与えられた権限、すなわち職員にその意に反して臨時待命を命じ又は職員の申出に基づいて臨時待命を承認することができる旨の権限に基づき、立山町職員定員条例による定員を超過する職員の整理を企図し、合併前の旧町村の町村長、助役、収入役であつた者で年令五五歳以上のものについては、後進に道を開く意味でその退職を望み、右待命条例に基づく臨時待命の対象者として右の者らを主として考慮し、右に該当する職員約一〇名位(当時建設課長であつた上告人を含む)に退職を勧告した後、上告人も右に該当する者であり、かつ勤務成績が良好でない等の事情を考慮した上、上告人に対し本件待命処分を行つたというのであるから、本件待命処分は、上告人が年令五五歳以上であることを一の基準としてなされたものであることは、所論のとおりである。

ところで、昭和二九年法律第一九二号地方公務員法の一部を改正する法律附則三項は、地方公共団体は、条例で定める定員をこえることとなる員数の職員については、昭和二九年度及び昭和三〇年度において、国家公務員の例に準じて条例の定めるところによつて、職員にその意に反し臨時待命を命ずることができることにしており、国家公務員については、昭和二九年法律第一八六号及び同年政令第一四四号によつて、過員となる職員で配置転換が困難な事情にあるものについては、その意に反して臨時待命を命ずることができることにしているのであり、前示立山町待命条例ならびに被上告人立山町長が行つた本件待命処分は、右各法令に根拠するものであることは前示のとおりである。しかして、一般に国家公務員につきその過員を整理する場合において、職員のうちいずれを免職するかは、任命権者が、勤務成績、勤務年数その他の事実に基づき、公正に判断して定めるべきものとされていること(昭和二七年人事院規則一一―四、七条四項参照)にかんがみても、前示待命条例により地方公務員に臨時待命を命ずる場合においても、何人に待命を命ずるかは、任命権者が諸般の事実に基づき公正に判断して決定すべきもの、すなわち、任命権者の適正な裁量に任せられているものと解するのが相当である。これを本件についてみても、原判示のごとき事情の下において、任命権者たる被上告人が、五五歳以上の高令であることを待命処分の一応の基準とした上、上告人はそれに該当し(本件記録によれば、上告人は当時六六歳であつたことが明らかである)、しかも、その勤務成績が良好でないこと等の事情をも考慮の上、上告人に対し本件待命処分に出たことは、任命権者に任せられた裁量権の範囲を逸脱したものとは認められず、高令である上告人に対し他の職員に比し不合理な差別をしたものとも認められないから、憲法一四条一項及び地方公務員法一三条に違反するものではない。されば、本件待命処分は右各法条に違反するものではないとの原審の判断は、結局正当であり、原判決には所論のごとき違法はなく、論旨は採用のかぎりでない。

よつて、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官横田喜三郎 裁判官入江俊郎 奥野健一 石坂修一 山田作之助 五鬼上堅磐 横田正俊 斎藤朔郎 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎)

上告代理人吉井晃、同奥田実、同原田策司の上告理由

第一点 <省略>

第二点 原判決は、憲法第一四条、地方公務員法第一三条に違反したものであつて、破棄されるべきものである。

一、上告人の「被上告人において臨時待命条例により職員に臨時待命を命ずるにつき、高令者(五五才以上)であることを一の基準とし、上告人が右基準に該るものとして本件待命処分を行つたのは、高令者であることを社会的身分として取扱い差別待遇をしたものであるから、憲法第一四条、地方公務員法第一三条に違反したものである」との主張について、原判決は「被上告人において臨時待命処分を行うにつき、五五才以上の者であることを一の基準としていたということができる。しかし本来憲法第一四条、その規定を受けて制定された地公法第一三条にいわゆる社会的身分と言うのは、広く人が社会において有する或る程度継続的な地位を指称するのであつて、人の生長に従つて生ずる人の自然的状態である五五才以上の者ということは、右にいう社会的身分に該らない……」と判示して、上告人の主張を却けている。

しかしながら、憲法第一四条、地公法第一三条にいわゆる社会的身分(以下単に社会的身分という)とは、ひろく人が社会で占めている地位をいうのであつて、原判決のように解する必要はない。また仮りに原判決のいうように社会的身分とは「広く人が社会において有する或る程度継続的な地位」であると解しても、高令者という地位が右判決のいう意味の社会的身分に該ることは、判文自体が示しているものであつて、結局高令者ということは社会的身分に該らないという原判決は憲法第一四条、地公法第一三条の解釈を誤つているものといわなければならない。

二、元来、憲法第一四条ひいては地公法第一三条が法の下における平等の原則を宣明したのは、人格の価値がすべての人間について平等であり、従つて人種、宗教、男女の性、職業、社会的身分等の差異にもとずいて、あるいは特権を有しあるいは特別に不利益な待遇を与えられてはならぬという大原則を示したものに外ならない。したがつて、ここで例挙された事由による差別以外の差別が法の下の平等に反しないものであると解することはできない。例えば、憲法第四四条が右の事由の外、教育、財産、収入のような事由をあげているが、これらの事由による差別禁止が、同条の場合たる国会議員の選挙権と被選挙権に限られると解することが適当でないことが明らかであることからも明白であろう。

それ故、仮に高令者であることがいわゆる社会的身分に該らないと解しても、高令者である故をもつて、他の公務員と差別待遇をすることは、前述の大原則の趣旨からみて明かに法の下の平等に反するものといわなければならない。

況んや、一般の地方公務員であつて、特に他の公務員と区別するところのない上告人の場合に、単に高令者であることをもつて差別することは、何らの合理的根拠がなく、結局原判決が憲法第一四条、地公法第一三条の解釈を誤つたものといわなければならない。

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